『山家集』中、サクラをよむ歌 
 

作者名  西行 (1118-1190)
作品名  山家集
成立年代  1178
 その他  『日本古典文学大系』本による

サクラ


さくらを詠う歌


 たぐひなき はなをしえだに さかすれば 櫻にならぶ 木ぞなかりける
 さくらさく よも
(四方)のやまべを かぬるまに のどかにはなを 見ぬここちする
 ほとけには さくらの花を たてまつれ わがのちのよを 人とぶらはば
 なにとかや よにありがたき 名をえたる 花もさくらに まさりしもせじ
 花見にと むれつつ人の くるのみぞ あたらさくらの とがには有ける
   
(しづかならんと思ひけるころ花見に人々まうできたりければ)
 わきてみん 老木は花も あはれなり いまいくたびか 春にあふべき
   
(ふる木のさくらの、ところどころさきたるをみて)
 こ
(木)のもとは 見る人しげし さくらばな よそにながめて か(香)をばおしまん
   
(屏風の絵を人々よみけるに、春の宮人むれて花みける所に、よそなる人の見やりてたてりけるを)
 ま
(待)ちきつる やがみ(八上)のさくら さきにけり あらくおろすな みす(三栖)の山かぜ
   
(くまのへまゐりけるに、やがみの王子の花おもしろかりければ、社に書つけける)
 ちるをみで かへ
(帰)るこころや さくらばな むかしにかはる しるしなるらん
   
(世をのがれて東山に侍けるころ、白川の花ざかりに
    
人さそひければまかりて、かへりてむかし思出て)
 ゆきとみえて 風にさくらのみだるれば はなのかさ
(笠)きる 春のよ(夜)の月
 おぼつかな たに
(谷)はさくらの いかならん みね(峰)にはいまだ かけぬしら雲
 いざことし
(今年) ちれとさくらをかたらはん なかなかさらば 風やをしむと
 ふく風の なめてこずゑに あたるかな かばかり人の 
をしむさくらに


 櫻ちる やどをかざれる あやめをば はなさうぶとや いふべかるらん
   
(高野の中院と申所に、あやめ葺きたる房の侍けるに
    
櫻のちりけるがめづらしくおぼえて、よみける)
 ちるはなを けふのあやめの ね(根)にかけて くすだま(薬玉)ともや いふべかるらん
   
(坊なる稚児これをききて)
 風をのみ はななきやどは まちまちて いづみ
(泉)のすゑ(末)を またむすぶ哉


 つれもなき 人にみせばや さくらばな かぜにしたがふ 心よわさを


 ちると見れば またさくはなの ひほひにも おくれさきだつ ためしありけり
   
(花のちりたれけるにならびてさきはじめける桜をみて)
 さくら花 ちりぢりになる こ
(木)のもとに なごりをを(惜)しむ うぐひすのこゑ
   
(あとのことどもはててちりぢりになりけるに、成憲・脩憲、なみだながして
    
けふにさへ又と申ける程に、みなみおもてのさくらにうぐいすの
    
なきけるをきゝてよみける)
 ちるはなは またこん春も咲きぬべし わかれはいつか めぐりあふべき
   
(返し,少将脩憲)
 こ
(木)のもとに す(住)みけるあとを み(見)つる哉
   なち
(那智)のたかね(高嶺)の 花を尋て
     
(なちにこもりて・・・花山院の御庵室のあとの侍けるまへに、としふりたる
     
 桜の木の侍けるをみて、「すみかとすれば」とよませ給けんことをおもひいでられて)
 はるになる さくらのえだは なにとなく はななけれども むつまじき哉
 わび人の なみだにに
(似)たる さくらかな かぜみ(身)にしめば まづこぼれつゝ
 月みれば かぜに桜の えだなえて はなよとつぐる 心ちこそすれ
   
(はるの月あかゝりれるに、花まだしきさくらのえだを
    
かぜのゆるがしけるをみて)
 春風の 吹おこせむに 櫻花 となりくる
(苦)しく ぬし(主)やおもはん
   
(後撰、櫻を寄す)
 きゝもせず たはしねやまの さくら花 よしののほかに かゝるべしとは
   
(みちのくに(陸奥国)にひらいづみ(平泉)にむかひて、たはしねと申す山の侍に、
    
こと木はすくなきやうにさくらのかぎりみえて、
    
はなのさきたりけるをみてよめる)
 

やまざくらを詠う歌


 まつにより ちらぬ心を やまざくら さきなば花の おも
(思)ひし(知)らなん (待花忘他)
 あくがるゝ こころはさても やまざくら ちりなんのちや み
(身)にかへるべき
 やまざくら かすみのころも あつくき
(着)て この春だにも 風つゝまなん
 ならひありて 風さそふとも 山ざくら たづぬるわれを ま
(待)ちつけてちれ
 年をへて ま
(待)つもを(惜)しむも やまざくら 心を春は つくすなりけり
 山ざくら えだきる風の なごりなく 花をさながら わがものにする


 山ざくら はつゆきふれば さきにけり よしの
(吉野)はさとに ふゆごも(冬籠)れども
 山ざくら 思ひよそへて ながむれば 木ごとのはなは ゆきまさりけり


 おなじくは 月のをり
(折)さけ 山ざくら はなみるよは(夜半)の たえま(絶間)あらせじ

百首
 たづね入 人にはみせじ 山櫻 われとを花に あはんと思へば
 山櫻 さきぬときゝて みにゆかん 人をあらそふ こゝろとゞめて
 やま櫻 ほどなくみゆる にほひかな さかりを人に またれまたれて
 山櫻 つぼみはじむる 花の枝に 春をばこめて かすむ成けり
(無量寿経)
 

花を詠う歌


 いまさらに 春をわするゝ 花もあらじ やすくまちつゝ けふ
(今日)もくらさん (待花)
 おぼつかな いづれの山の みねよりか またるゝ花の さきはじむらん (同)
 そらにいでて いづくともなく たづぬれば くもとははなの 見ゆる成
(なり)けり (同)
 ゆきとぢし たに
(谷)のふるす(古巣)を 思ひいでて はなにむつるゝ 鶯のこゑ (同)
 おしなべて はなのさかりに 成にけり やまのはごとに かゝるしらくも
 花みれば そのいはれとは なけれども 心のうちぞ くるしかりける
 しらかは
(白川)の 春のこずゑの 鶯は はなのことばを き(聞)くここちする
 ひきかへて はな
みる春は よる(夜)はなく 月見るあき(秋)は ひる(昼)なからなん
 花ちらで 月はくもらぬ よ(世)なりせば 物をおもはぬ わが身ならまし
 身をわけて 見ぬこずゑなく つくさばや よろづのやまの 花のさかりを
 はなにそむ こころのいかで のこりけむ すてはててきと 思ふ我身に
 ねがはくは 花のしたにて 春し
(死)なん そのきさらぎの もちづきのころ
 おもひやる たかねのくもの はなならば ちらぬなぬか
(七日)は はれじとぞ思ふ
 のどかなれ こころをさらに つくしつつ はなゆゑにこそ 春はまちしか
 かざごし
(風越)の みねのつゞきに さく花は いつさかりとも なくやちりけん
 いまよりは 花みん人に つたへおかん よ
(世)をのがれつゝ やまにす(住)まへと
 花もちり 人もこざらん お
(折)りはまた やまのかひ(峡)にて のどかなるべし
   (しづかならんと思ひけるころ花見に人々まうできたりければ)
 年をへて おなじこずゑににほへども 花こそ人に あ
(飽)かれざりけれ
   
(かきたえ、こととはずなりにける人の、花みに山ざとへまうできたり、とききてよみける)
 くもにまがふ 花のしたにて ながむれば おぼろに月は 見ゆる成ける
 花の色や 声にそむらん 鶯の なくねことなる 春のあけぼの
 おのづから 花なきとしの 春もあらば なににつけてか 日をくらすべき
 おもひいでに なにをかせまし この春の 花まちつけぬ 我身なりせば
   
(老見花と云事を)
 ながむるに はなのなだて
(名立)の 身ならずば このさとにてや 春をくらさん
 ちりそむる 花のはつゆき ふりぬれば ふみわけまうき しが
(志賀)の山ごえ
 ちょく(勅)とかや くだすみかどの いませかし さらばおそれて はなやちらぬと
 浪もなく 風ををさめし 白川の きみのをりもや 花はちりけん
   
〔白川の君とは、白河天皇、1053-1129。在位1072-1086〕
 いかで我 このよのほかの おもひいでに かぜをいとはで 花をながめん
 はる風の 花のふぶきに うづ
(埋)まれて ゆきもやられぬ しが(志賀)のやまみち
 立まがふ みねの雲をば はらふとも 花をちらさぬ あらしなりせば
 をしまれぬ 身だにもよ
(世)には あるものを あなあやにくの 花の心や
 うきよには とゞめおかじと はるかぜの ちらすは花を をしむなりけり
 もろともに われをもぐ
(具)して ちりね花 うきよをいとふ 心ある身ぞ
 思へたゞ はなのちりなん こ
(木)のもとに なにをかげにて 我身すみなん
 ながむとて はなにもいたく なれぬれば ちるわかれこそ かなしかりけれ
 をしめども おも
(思)ひげもなく あだにちる はなは心ぞ かしこかりける
 こずゑふく 風のこころは いかがせん したがふはなの うらめしきかな
 いかでかは ちらであれとも おもふべき しばしとしたふ なげきし
(知)れはな(花)
 こ
(木)のもとの 花にこよひは うづもれて あかぬこずゑを おもひあかさん
 ちる花を をしむこころや とゞまりて またこ
(来)んはるの たねになるべき
 はるふかみ えだもゆるがで ちる花は 風のとがには あらぬなるべし
 あながちに 庭をさへはく あらしかな さこそ心に はなをまかせめ
 あだにちる さこそこずゑ
(梢)の 花ならめ すこしはのこせ 春の山風
 こころえつ たゞひとすじに 今よりは 花ををしまで 風をいとはん
 花とみ
(見)ば さすがになさけを かけましを くもとて風の はらふなるべし
 風さそふ 花のゆくへは しらねども をしむ心は 身にとまりけり
 花ざかり こずゑをさそふ 風なくて のどかにちらす はるにあはばや
 風あらみ こずゑのはなの ながれきて には
(庭)になみたつ しらかは(白川)のさと
 あだにちる こずゑの花を ながむれば 庭にはきえぬ ゆき
(雪)ぞつもれる
 ちる花の いほり
(庵)のうへを ふくならば かぜい(入)るまじく めぐりかこはん
 春風の はなをちらすと 見るゆめは さめてもむねの さわぐなりけり
 こずゑうつ あめにしをれて ちる花の をしき心を なににたとへん
 山さむみ 花さくべくも なかりけり あま
(余)りかねても たづねきにける
 はなときくは たれもさこそは うれしけれ おもひしづめぬ 我こころかな
 はつはな
(初花)の ひらけはじむる こずゑより そばへてかぜ(風)の わたるなりけり
 ほぼつかな はるは心の はなにのみ いづれのとしか うかれそめけん
 風ふくと えだをはなれて おつまじく はなとぢつけよ あをやぎ
(青柳)のいと
 おなじみ
(身)の めづらしからず をしめばや 花もかは(変)らず さけばち(散)るらん
 みねにちる 花はたに
(谷)なる 木にぞさく いたくいと(厭)はじ 春の山風
 やまおろしに みだれて花の ちりけるを いは
(岩)はなれたる 瀧とみ(見)たれば
 花もちり 人もみやこへ かへりなば やま
(山)さびしくや ならんとすらん
 青葉さへ 見ればこころの とまるかな ちりにし花の なごりとおもへば


 かぎりあれば ころもばかりは ぬぎかへて こころははなを した
(慕)ふなりけり
 くさしげる みちか
(刈)りあけて やまざとは はな見し人の 心をぞしる


 さまざまの にしき
(錦)ありける みやま(深山)かな
    はな
(花)みしみね(嶺)を しぐれそ(染)めつつ


 はなをみる 心はよそにへだたりて 身につきたるは 君がおもかげ
 はがくれに ちりとどまれる花のみぞ しのびし人に あふ心ちする


 さらに又 かすみにくる
(暮)る 山路かな 春をたづぬる はなのあけぼの
 雲もかゝれ はなとをはる
(春)は みてすぎん いづれの山も あだに思はで
 雲かゝる やまみ
(見)ばわれも おもひいでに 花ゆゑな(馴)れし むつ(睦)び忘ず
 人もこず 心もちらで 山かげは はなをみるにも たよりありけり

百首
 花のゆきの にわにつもるに あとつけじ かど
(門)なきやどと い(言)ひちらさせて
 ながめつる あしたの雨の 庭のおもに 花のゆき
(雪)しく 春の夕ぐれ
 

吉野山の花を詠う歌


 たれかまた 花をたづねて よしの山 こけふみわくる 岩つたふらん
(独尋山花)
 よしの山 くもをはかりに たづねいりて こころにかけし 花をみるかな
 おもひやる 心やはなに ゆかざらん かすみこめたる みよしののやま
 まがふいろに 花さきぬれば よしの山 はるははれせぬ みねのしら雲
 よし野山 こずゑの花を 見し日より 心は身にも そはず成にき
 しらかは
(白川)の こずゑをみてぞ なぐさむる 吉野の山に かよふ心を
 すそのやく けぶりぞ春は よしの山 花をへだつる 霞なりける
 よしの山 ほきぢつたひに たづね入て 花見しはるは ひとむかしかも
   
(山寺の花さかりなりけるに、昔を思出て)
 よし野山 たに
(谷)へたなびく しらくもは みねのさくらの ちるにやあるらん
 吉野山 みねなる花は いづかたの たににかわきて ちりつもるらん
 よしの山 花ふきぐ
(具)して みねこゆる あらし(嵐)はくもと よそにみ(見)ゆらん
 こ
(木)のもとに たびねをすれば よしの山 はなのふすまを き(着)するはるかぜ
 吉野山 さくらにまがふ しら雲の ちりなんのちは は
(晴)れずもあらなん
 よしの山 ひとむら見ゆる しらくもは さきおくれたる さくらなるべし
 よしの山 人に心を つけがほに はなよりさきに かゝるしら雲


 山ざくら はつゆきふれば さきにけり よしの
(吉野)はさとに ふゆごも(冬籠)れども
 よしの山 ふもとにふらぬ 雪ならば はな
(花)かとみてや たづねいらまし


 空わたる 雲なりけりな よしの山 はな
(花)もてわたる 風とみたれば
 やま人よ 吉野のおくの しるべせよ はなもたづねん またおもひあり
 よしの山 やがていでじと おもふ身を はなちりなばと 人やまつらん
 なにとなく 春になりぬと きく日より 心にかゝる みよしののやま
 花をみし むかしの心 あらためて よしのの里に すまんとぞ思ふ
   
(くにぐにめぐりまはりて 春かへりて、よしののかたへまゐらんとしけるに、
    
人の、このほどはいづくにかあととむべきと申ければ)

百首
 よしの山 花のちりにし こ
(木)のもとに と(留)めし心は われをまつらん
 吉野山 たかねの櫻 さきそめば かゝらんものか はなのうすぐも
 人はみな よしのの山へ 入ぬめり 都の花に われはとまらん
 よしの山 ふもとのたき
(瀧)に ながす花や 峰につもりし 雪のした(下)
 ね
(根)にかへる 花をおくりて よしの山 夏のさかひに 入(いり)て出(いで)ぬる
 



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